
マーガリンやショートニング、油脂の加工について調べると「エステル交換」という言葉に出会うことがあるでしょう。しかし実際に調べてみても、解説が専門的すぎて戸惑った経験がある方も少なくないかもしれません。
この記事ではエステル交換を行う油脂メーカーの研究員が、エステル交換について出来るだけわかりやすく解説します。
目次
1.エステル交換とは油脂の構造を組み換える加工技術
「エステル交換」とは、油脂の主成分であるトリアシルグリセロール(TAG:triacylglycerol)が持つ脂肪酸の結合位置を入れ替えることによって、「くちどけの良さ」や「なめらかさ」といった物性を自在に調整する加工技術です。
私たち加工油脂メーカーはこの技術を駆使することでチョコレートのようなくちどけのよい油脂やパンにすっと塗ることのできる滑らかなマーガリンを作ることができるのです。
こちらの詳しい利用例については4章で説明します。
この章ではエステル交換の基本について説明します。
1.1.油脂の主成分であるトリアシルグリセロールとは?
エステル交換について説明する前に、油脂の主成分であるトリアシルグリセロールについて説明します。
油脂は主にトリアシルグリセロール(triacylglycerol、TAG)と呼ばれるもので構成されています。
TAGはグリセリンと呼ばれるアルコール1分子に脂肪酸が3つ結合した分子です。
この結合のことを「エステル結合」と呼び、結合位はそれぞれsn-1位、sn-2位、sn-3位と区別して呼ばれます。

どんな脂肪酸がどこに結合するかによって、TAGの物性は大きく変化します。
たとえば、sn-1位にパルミチン酸(Palmitic acid)、sn-2位にオレイン酸(Oleic acid)、sn-3位にステアリン酸(Stearic acid)の結合したTAGであれば、POSと呼ばれ、脂肪酸の表記の頭文字で略して表現されます。
油脂の性質(融点、固さ、口溶けなど)は、この脂肪酸の種類や結合比率、結合位置次第で決まってきます。
※脂肪酸の基本については「脂肪酸とは」という記事もご参照ください。
1.2.エステル交換とは
「エステル交換」とはこのTAGのグリセリンに結合する脂肪酸を組み換える加工方法のことを言います。
前述の通り、脂肪酸の種類、結合位置が変わることで物理的性質も変わるので、エステル交換は油脂の物理的性質を変えるために利用されています。

2.エステル交換は反応物の組み合わせによって3種類ある
エステル交換には反応物の組み合わせ(何と何をエステル交換するのか)によっていくつか種類があるので説明するとともにどのように利用されているのかについても説明します。
2.1.インターエステル化|(TAG×TAG)
一般的にTAG同士のエステル交換反応のことを「インターエステル化」といいます。
この反応では油脂中の様々なTAG間で脂肪酸が入れ替わります。
下の図は完全にランダムに反応が起こると仮定した場合の例になります。
脂肪酸Aが3分子結合したTAG50%と脂肪酸Bが3分子結合したTAG50%でエステル交換を行うと、右のようなTAGが以下の割合で生成されることが予想できます。

インターエステル化は油脂の改質(かたさを変える)手段として利用されることが多いです。
ここで、エステル交換による油脂の物理的性質の変化をみてみます。
例えば、油脂には「融点」という溶けやすさを示す指標があります。
油脂をエステル交換することで、それぞれの油脂の融点は以下のよう変化します。
ランダム型エステル交換による各種油脂の融点変化(一部抜粋)
|
油脂種
|
反応前の融点(℃) | 反応後の融点(℃) |
|---|---|---|
| 大豆油 | -7.0 | 5.5 |
| 綿実油 | 10.5 | 34.0 |
| パーム油 | 39.8 | 47.0 |
| やし油 | 26.0 | 28.2 |
| 牛脂 | 46.2 | 44.6 |
引用: 油脂・脂質の基礎と応用 -栄養・健康から工業まで-(日本油化学会編)
このように私たち加工油脂メーカーはこの技術を利用することで、油脂の性質を自在に調節しているのです。
2.2.アシドリシス|(TAG×脂肪酸)
TAGと脂肪酸のエステル交換反応のことを[アシドリシス]といいます。
アシドリシスはやし油とステアリン酸をエステル交換することで油脂の融点を高めたり、酢酸やプロピオン酸、酪酸などの天然に含まれることの少ない脂肪酸をTAG中に導入するために利用されています。
食用油脂ではインターエステル化が主で、アシドリシスはあまり利用されていません。
2.3.アルコリシス|TAGとアルコールの反応
TAGとアルコールのエステル交換反応のことを「アルコリシス」といいます。
アルコリシスはモノアシルグリセロールやショ糖脂肪酸エステル等の乳化剤の製造に利用されています
こちらもアシドリシスと同様で、食用油脂ではあまり利用されていません。
3.エステル交換は触媒の種類によって2種類ある
エステル交換はただ油脂を混ぜればできるわけではなく、適切な条件下で触媒を用いる必要があります。
この触媒の種類によって、エステル交換は「化学的エステル交換」と「酵素的エステル交換」の2種類に分けられます。下に特徴の違いを表で示しています。
| 化学的エステル交換 | 酵素的エステル交換 | |
|---|---|---|
| 反応触媒 | 化学的触媒 | リパーゼなどの酵素 |
| 反応温度 | 比較的高温 | 常温~40℃前後 |
| 選択性 | 低い(ランダム) | 高い(特定の結合に作用) |
| 反応速度 | 速い | 比較的遅い |
それではそれぞれのエステル交換について詳しく説明していきます。
3.1.化学的エステル交換
ナトリウムメチラート等の化学触媒を用いたエステル交換を「化学的エステル交換」といいます。
化学的エステル交換は酵素的エステルと比べて、高温(水酸化ナトリウム:250℃前後、ナトリウムメチラート:50~120℃)で反応が行われます。
化学的エステル交換の選択性は低い、つまりランダムに反応が起こります。
そのため、2.1の図のようにどんな組成のTAGでエステル交換を行うかでできるTAGはある程度予想できます。
また、特徴として反応速度が速いことが挙げられ、この特徴から工業的かつ大規模にエステル交換を行う際には化学的エステル交換が利用される場合が多いです。
利用例としては、マーガリンやショートニングなどの原料油脂の製造などがあります。
3.2.酵素的エステル交換
酵素であるリパーゼを用いたエステル交換を「酵素的エステル交換」といいます。
リパーゼとは脂質のエステル結合を加水分解する酵素の総称になります。
通常、加水分解反応を触媒しますが、反応条件によってはエステル合成、交換反応も触媒することができ、これを利用して酵素的エステル交換は行われています。
リパーゼは常温~40℃前後で触媒としての効果を発揮するので、酵素的エステル交換はこの温度帯で行われます。
また、リパーゼは自身の性質によって、選択的にエステル交換を行うことができます。
そのため上手く利用すれば、求めるTAGを高割合で得ることができます。
例えば、3種の異なる脂肪酸を持つTAGをエステル交換する場合、化学的エステル交換ではランダムに反応が起こるので、18種類のTAGができます。
一方で1,3位のエステル結合のみを切るリパーゼを用いると1位と3位しか結合が切れないので、結果として3種類のみができてきます。
これを利用すれば必要なTAGを多く含むTAGを作ることができます。
酵素的エステル交換は化学的エステル交換に比べ、反応速度は遅いことが知られています。
利用例としては、ココアバター代替脂や母乳代替脂といった付加価値の高い油脂製品の製造などがあります。

4.食品でのエステル交換の利用例
ここまでエステル交換がどのような反応なのかを解説してきました。
この章では2章で説明したエステル交換された油脂が実際どのように食品に利用されているかを解説いたします。
4.1.マーガリン、ショートニング
一番身近なエステル交換の利用例としてはマーガリンやショートニングが挙げられます。
マーガリンやショートニングは植物性油脂(パーム油や大豆油)や動物性油脂(乳脂やラード)などを複数種混合して作られていますが、組み合わせに限りがあるため、作り出せるマーガリンやショートニングの物性にも限りがあります。
そこでエステル交換の出番です。一種または複数種の油脂を混合してエステル交換を行うことで求める物性を持つ新しい油脂を作ることができます。
これにより、既存油脂の組み合わせでは難しい舌触りの良いマーガリンや使いやすいショートニングなど、用途に合わせて油脂の物性を最適化できるようになります。
4.2.ココアバター代用脂
チョコレートは口のなかでスっと溶けますが、これにはTAGの構造が大きく関わっています。
チョコレートの原料であるカカオ豆にはココアバターと呼ばれる油脂が含まれています。
ココアバターの油脂は80%近くがPOP、POS、SOSというTAGで構成されています。これらのTAGは体温に近い温度で溶解する特性があるため、チョコレートはくちどけが良いのです。
このようにチョコレートの原料としてココアバターは必要不可欠ですが、天然物であるため高価であったり、カカオ豆の不作などで生産量が安定しません。
そこで持続的かつ安定的な原料調達を維持するためココアバターの代わりとなる油脂、ココアバター代用脂(POP、POS、SOSが大半を占める油脂)の開発が行われてきました。
現在ではココアバター代用脂は酵素的エステル交換を利用して作られています。
具体的にどのような反応で作られているのかを説明します。
1つ目はパーム中のPOPとステアリン酸に触媒として1,3位特異性を持つリパーゼを作用させて作る方法です。
POPの1,3位のパルミチン酸結合部にリパーゼを触媒させ、ステアリン酸を導入することでPOSやSOSといったTAGを得ることができます。
エステル交換の後、分別という技術を用いることでSOSの比率の高い油脂を作ることができます。

2つ目がハイオレイックひまわり油とステアリン酸に触媒として1,3位特異性を持つリパーゼを作用させて作る方法です。
ハイオレイックひまわり油にはオレイン酸が3か所結合したOOOが多く含まれており、その1,3位にリパーゼを触媒させ、ステアリン酸を導入することでSOSやOOSといったTAGを得ることができます。
エステル交換の後、分別という技術を用いることでSOSの比率の高い油脂を作ることができます。

参考:チョコレート油脂の結晶科学、Structure and Phase Characterization of Triacylglycerols by Raman Spectroscopy
5.エステル交換が利用される事例は増えている
近年、エステル交換油脂の利用が広がった背景について簡単に説明します。
5.1.以前までは「硬化油」が食品に多く利用されていた
以前までは油脂の物性を変える加工技術として、「硬化」という技術が多く利用されていました。
「硬化」とは常温で液体の油などに水素を結合させることで、常温で固型の脂にするなど、油脂の硬さを変化させる技術のことです。
この技術を利用した油を「硬化油」といいます。
例えば、ナタネ油を硬化すると液体から固体まで自由に硬さを調整することができます。
そのため、マーガリンなどの油脂製品の物性を調整する際、硬化油はよく使われる原料でした。
またマーガリンだけでなく、ホイップクリームやその他幅広い油脂製品に利用されていました。
5.2.硬化油のトランス脂肪酸が問題になり、エステル交換の利用が拡大
「硬化油」の利用が減り、「エステル交換油」の利用が増えてきている理由は、硬化を行う過程でトランス脂肪酸が副産物として生まれるためです。
なぜトランス脂肪酸が生まれると問題なのかというと、
トランス脂肪酸は大量に摂取すると心臓の病気のリスクを高めることがわかってきたためです。
トランス脂肪酸については、以下の記事で分かりやすく解説しています。合わせてお読みください。
知らないと損する!? トランス脂肪酸の真実と、安心して食事を楽しむコツ>>>
こういった背景から2000年代に入り、食用加工油脂業界、食品業界全体で「硬化油」を利用しない取り組みを進めてきました。
その結果、「硬化」に代わり、同じように油脂の物性を変えることができる「エステル交換」が多く利用されるようになっていったのです。
6.最後に
エステル交換は、油脂原料の物性・機能を自在に設計できる技術として、今や食品開発に欠かせない存在です。
油脂製品の「くちどけの良さ」や「舌触り」「使いやすさ」などは、この技術無しでは成立しません。
是非、マーガリンやチョコレートなどを食べる際はエステル交換を思い出してみてください。
